こんにちは。校長の山本です。

夏休みも終わりに近づいていますが、皆さん元気に過ごしていますか?

さて、まとまったお休みは「読書」に最適な時間です。そして皆さんの中にも、この夏休みに読書感想文の宿題を出されている方も多いことでしょう。

そこで今回は、私がこの夏に読んでいる本について、簡単な感想を書きたいと思います(ただ、このような仕事をしておりますと、一度にたくさんの本を同時に読む方が効率的な場合が多いので、この感想は特定の1冊に対してではなく、私が読んだ同じジャンルの本、数冊の感想と考えて下さい)。

yamamotoこの夏は、哲学者・竹田青嗣(たけだせいじ)さんの本を読みました。この方は、フッサールという人が提唱した「現象学」という哲学のジャンルを、独自の視点でわかりやすく書いた本をたくさん出されています。

なぜ私が、難解な哲学である「現象学」に興味を持ったのか?

それは、私の教育方針「人と人の心の交わりを大切にする」ということと関係が深かったからです。

生徒たちは皆、心に悩みをかかえて成長しています。そういった悩みに対して、教師はどのように接したらよいのか。いつも私はそのことについて考えています。

その模索の中で最近出会ったのが、「ナラティヴ・セラピー(narrative therapy)」という臨床心理の考え方でした。これは、悩みを持っている人が語る「自分の物語」を聞きながら、問題解決の糸口を一緒に探し出そうとする方法です。

例えば、ある人が友だちのことで悩んでいるとします。そんな相談を受けたら、普通の人なら「仲直りしてはどうですか?」というような答えを言うでしょう。なぜなら、「仲直りすることが、世間では正しいことだ」と、相談を受けた人が思い込んでいるからです。ところが、悩んでいる本人の中にある「物語」はそんなに単純じゃない場合もあるのです。「どうして私だけが、こんなひどい目にあうの?」と、さらに深く思いをめぐらせていることもあります。

そんな時、この「ナラティヴ・セラピー」の手法が有効となります。相談を受けた人はまず素直に、悩んでいる人の話だけを聞くのです。そして聞きながら、その「物語」を一緒になって体験し、2人でその「物語」に新しい意味を発見してゆくのです。ある悲しい経験でも、不幸な物語として感じる人もいれば、そのことで自分が成長したという明るい前向きな物語として感じる人もいます。単なる「失敗」の話を一緒に考えながら、「あれ?でもそれって『失敗は成功のもと』じゃない?」と、新しい物語に書き換えることもできるのです。そのための手助けが、「ナラティヴ・セラピー」なのです。

ただし、この手法にはひとつの約束があります。それは、相談を受けた側は「無知の姿勢」に徹することです。これまでの知識や経験、常識などは、ひとまず横に置いといて、ただひたすら相手の「物語」に耳をかたむけるのです。そして想像力をはたらかせ、共感をするのです。「ほんとうのこと」はただ一つしかないのではなく、同じ経験をしても一人ひとりにとっての「物語」は違う、というのが大前提なのです。そしてこの部分が、哲学者・竹田青嗣さんやフッサールが言う「現象学」に通じています。

これらの哲学や臨床心理の中に、私たち教師が生徒に接するときの大きなヒントが隠されていました。

これからも「人と人の心の交わりを大切にする」をモットーに、生徒一人ひとりに「豊かな物語」をつむいでもらえるよう、努力したいと思います。

校長 山本喜平太

(参考文献)

『現象学入門』竹田青嗣(日本放送出版協会)

『「自分」を生きるための思想入門――人生は欲望ゲームの舞台である』竹田青嗣(芸文社)

『はじめての現象学』竹田青嗣(海鳥社)

『現象学は「思考の原理」である』竹田青嗣(筑摩書房)

『ナラティヴ・セラピー 社会構成主義の実践』シーラ・マクナミー、ケネス・J・ガーゲン編(金剛出版)

『ナラティヴの臨床社会学』野口裕二(勁草書房)

『物語としてのケア―ナラティヴ・アプローチの世界へ』野口裕二(医学書院)