ブーゲンビリア皆さんこんにちは。校長の山内日出夫です。
毎月1回、校長としての私の感想や考えを「山内校長の【和顔愛語】(わげんあいご)」として、当ホームページで発信しています。学校のこと、生徒たちのこと、世の中のことなどを織り交ぜながら、皆さんと何かを共有できればと思います。どうかよろしくお願いします。
第10回目の今回は、「過去との向き合い」と題してお伝えします。


ベトナム 朝の体操ベトナムと言えば、現在の人々の印象は「発展著しい国」とするでしょう。
社会主義国ながら1986年に取り入れた「ドイモイ(刷新)政策」により、市場経済路線へ転換、工業化と近代化を強く推し進めています。
その姿は、かつての改革開放を始めた頃の中国を彷彿とさせます。
でも、私(1952年生)たちの世代は、そのことを知りながらも「ベトナム戦争」を思い出す世代なのです。
1954年、北緯17度線で分断された南・北ベトナムは、他国の介入と共に1960年代ベトナム戦争へ突入していきます。
日本国内のニュースでも、日々、多くのマスコミがベトナム戦争の悲惨な姿を伝えていました。

私自身はといえば、田舎で中学校から高校へ進級する多感な時期を迎えていたのです。
当時の記憶のひとつに、日本人カメラマンがピューリッツアー賞(報道写真部門の最高峰)を受賞したことがあります。
撮影された写真は、ベトナムの戦火を逃れるために母親に抱かれた子どもたちが河を渡ろうとしているものです。
その写真の様子を見た時、安閑としていられる自身の姿に戸惑ったことを覚えています。
何かをしなければと……。

ベトナム バイク通勤社会人となり、いつかはベトナムへ行ってみたいとずっと思っていました。
思わぬ好機が訪れたのは、この年末年始です。以前の仕事でお付き合いのあった会津大学の元学長さんたちと共にホーチミンとハノイへ行ってきました。
ベトナム社会は、聞きしに勝るほどの「発展途上」でした。
高速道路の工事やビル建設等が至る所で行われ、日系企業群が入居する広大な工業団地、そしてバイク姿で通勤する人々は道路狭しとあふれています。
日常生活にある市場内の店舗数の多さ、積み上げられた商品の数々は、これからの豊かさを彷彿とさせていました。
ガイドのバンさんにべトナム戦争のことを聞いてみました。しかし、すでに彼は戦後生まれで、「平和な世界」がもたらした「ベトナムの発展途上人」でした。

Lotus人は過去と向き合いながら、未来を探りあてて行きます。
40数年前の出来事に向き合ったベトナムでの数日間は、「本気」で何かと向き合うことの大切さを再認識することになったのです。
帰国後、冬休みに開かれた高校三年生たちの勉強合宿に参加をしました。
恒例の合宿終了後の総括では、生徒たちひとり一人がこの一年間を振り返りながら、受験に向かう決意を述べました。
そして私からは「必ず、いつかは、この時期を振り返り、向き合うとき(未来)が来るだろうから、最後まで“本気”で“今”という時間を大切に心を込めて取り組みなさい」と大学受験に向かう生徒たちを励ましました。

生徒たちからの私宛の一言に「大人になって過去を振り返った時、楽しいものである様に、最後まで“今”を頑張りたいと思います」がありました。

(佼成学園女子中学校高等学校校長 山内日出夫)