Autumn Leaf皆さんこんにちは。校長の山内日出夫です。
毎月1回、校長としての私の感想や考えを「山内校長の【和顔愛語】(わげんあいご)」として、当ホームページで発信しています。学校のこと、生徒たちのこと、世の中のことなどを織り交ぜながら、皆さんと何かを共有できればと思います。どうかよろしくお願いします。
第18回目の今回は、「赤とんぼ」と題してお伝えします。

休みの日は運動を兼ね自宅近くにある「散歩道」を、二時間近く歩くことにしています。夏休みでの「登山」がしたいばかりにですが、歩数は一万歩を優に越えますから、けっこうな汗をかくことになります。
作家松本清張は世田谷に居住した経験からか、作品には「世田谷」の各地名や雑木林が出てきます。それを彷彿とさせる様に、私の自宅近くにある「散歩道」は、都会に取り残された感のある雑木林や畑等を縫う様に作られています。

赤とんぼその散歩道に、先日、赤とんぼが群れをなして飛んでいました。夏の暑さが残っていても、季節は確実に変化していることを「赤とんぼ」によって気づかされたのです。

赤とんぼ

夕焼小焼の、赤とんぼ
負われて見たのは、いつの日か

山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか

十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた

夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先

この「赤とんぼ」を作詞した「三木露風」は、近代日本を代表する詩人・作詞家として「北原白秋」と並び称され、「白露時代」という一時代を築きました。
そして童謡「赤とんぼ」に関しては、次の様な文章を残しています。

『私の作った童謡「赤とんぼ」はなつかしい心持から書いた。それは、
童話の題材として適当であると思ったので赤とんぼを選び、さうして
そこに伴ふ思ひ出を内容にしたのである。
その私の思ひ出は、実に深いものである。ふりかへって見て、幼い時
の自己をいとほしむといふ気持であった。まことに真実であり・・・』
(文章は当時のママ)

赤とんぼここにある「幼い時の自己をいとほしむといふ気持」とは、「三木露風」自身が、別れた母に対して想いを募らせた幼き日々の気持を指しているとされています。
幼き日々の置かれた環境、それに伴う気持の在り様は人それぞれです。
さまざまな違いはあるにせよ、現在ある「自身(み)」が「自己を愛(いと)おしむ気持」を持つことの意義には大きなものがあります。
優しく包み込むように「自己」が歩んできた世界を愛することは、さらに続く「生命」を育んでいくことにつながるからです。
「竿(さお)の先」にとまった「赤とんぼ」が見つめる世界は、「無限」に続く季節の変化を見つめているようです。

(佼成学園女子中学高等学校校長 山内日出夫)