菊皆さんこんにちは。校長の山内日出夫です。
毎月1回、校長としての私の感想や考えを「山内校長の【和顔愛語】(わげんあいご)」として、当ホームページで発信しています。学校のこと、生徒たちのこと、世の中のことなどを織り交ぜながら、皆さんと何かを共有できればと思います。どうかよろしくお願いします。
第30回目の今回は、「秋が来た。菊、大輪。」と題してお伝えします。

休日、いつものように散歩をしていたら、二十鉢程の菊を並べ、手入れをしている風景に出会いました。
あの大ぶりな花をつける種類の菊です。
菊作りは、花が終る初冬からと言われ、防寒、防風、腐葉土づくり、肥料作り、水遣り、脇芽取り、日除け、雨除け、害虫駆除等々、一年中、手を抜くことができないものとされています。
それらは、誠に茎が太く、真っ直ぐに伸び、そこには一枚一枚しっかりした葉がついています。
亭主は丹念にひとつひとつの鉢に植えられた菊を、近くから、または遠くからと、菊花をつけた時の姿ぶりを思い描くように眺めているのです。
まるで、わが子を慈しむがごとくです。

「菊」と聞いて思い出すのは「吉川英治」です。
「宮本武蔵」、「太閤記」、「新・平家物語」等々、膨大な小説を執筆し、多くの人々に愛読され、「国民文学作家」と評された作家です。
東京の青梅市に「吉川英治旧宅・草思堂」があります。
養蚕農家を疎開先としたもので、昭和19年から昭和28年まで過ごし、大作「新・平家物語」を執筆始めたのもこの場所でした。
青梅の梅花を見に行った際に、見学に寄ったことがあり、その時には、少年時代「宮本武蔵」に胸が躍らされた日を懐かしんだものです。

菊ところで吉川英治の「菊」は、結婚と人づくりの「菊」です。
吉川英治記念館学芸員日誌「草思堂から」の中では、ふたつの句が紹介されています。

「菊作り咲き揃う日は陰の人」
「菊根分けあとは自分の土で咲け」

日誌はこれらの句を、この様に解説しています。
『先のものは「新・平家物語」を大阪の枚方パークで菊人形にした際に詠まれたもの。
「丹精こめて育てた菊が、菊人形として脚光を浴びている時、その菊を育てた本人は、脇役となって見守るだけである」という情景が、子供が結婚する時の親の姿に重なるものがあるということで、結婚式のスピーチに引用されます。
あとの句は、吉川英治が、友人の娘が結婚する際に贈ったものです。これは言葉通り「生まれ育った家を離れて、今度は自分で新しい家庭を築いていきなさい」ということを菊に例えたものです』と。

この様に、両句とも、結婚式には、とりわけふさわしいものです。
さらに、人づくりにも、その例えは、よりふさわしいものとして挙げられることができます。それは「独(ひと)り立ち」の姿としてです。

芭蕉の菊の句に「起きあがる菊ほのかなり水のあと」があります。
大水に倒れてしまった菊が、水の引いた後ゆっくりと回復していく様を詠んだ句です。

人は、弱く、強いものだと思います。

(佼成学園女子中学高等学校校長 山内日出夫)