理事長講話新年明けましておめでとうございます。本年もよい年でありますようお祈りします。

2013年12月24日(火)、2学期終業式の後、高校3年生に向けた酒井理事長先生からの講話がありました。生徒たちは年に1度、酒井理事長のこの授業を受けていますが、高3にとってはこれが最後の授業。あと3か月で学校を卒業し、進学し、社会に出て、やがて母になる生徒たちのために、「命」のお話をしてくださいました。

あと3か月で皆さんは卒業です。皆さんはこれから新しい世界に進み、お仕事もされ、すてきな出会いがあってお母さんとなり、素晴らしい人生を過ごしていかれることでしょう。そんなことを想像しながら、これからの話をさせていただきます。

数日前に、先日亡くなられた島倉千代子さんのドキュメンタリーが放映されました。私がちょうどあなた方くらいの年齢の時に、島倉さんの「からたちの花」という曲が大ヒットしましたので、私も関心を持って、彼女の壮絶な人生を見ておりました。
島倉さんはかつて、阪神タイガースの選手と恋に落ち、赤ちゃんが宿りました。彼女は悩みに悩んで、残念ながら赤ちゃんは生まれることはありませんでした。そして、その相手と結婚し、結局離婚してからは、二度と結婚することはありませんでした。彼女は生涯歌手として生きる決意をしたのです。晩年は闘病生活を送られましたが、どうしても最後にお別れの曲を歌いたい。南こうせつさんに依頼をし、「からたちの小径(こみち)」いう曲が出来上がり、自宅に録音機材を持ち込んでレコーディングを行いました。亡くなる4日前のことでした。

私の心に残ったことは、それは島倉さんが若き日に中絶してしまったお子さんのことです。彼女はずっと、小さなお地蔵さんを肌身離さず持っていました。それは、自分が命を奪ってしまった赤ちゃんの姿でした。島倉さんは生前に自分のお墓を作っておられましたが、墓石には自分の名前と共に、子供の名前も刻まれていたそうです。人間とは、そういうものなのだなと、私は思ったのです。島倉さんはそうやって、70数年の生涯を、産んであげられなかった子供という十字架を背負って生き抜いたのです。

昨日は全日本フィギュアの試合を見ておりました。シングルマザーとして子供を産んだフィギュアスケーターの安藤美姫さんは、もう一度と夢見たオリンピックの出場は叶いませんでした。最後は涙で無念さを語っていましたが、「私に悔いはありません」と、涙の中にも笑顔がありました。ソチオリンピックには行けなくとも、安藤さんは立派に子供を産んで、さらに夢に向かってがんばったのです。

人の命は尊いものです。先日、佼成看護学校の学生さんたちに、命の尊さについて授業をしましたが、ある看護学生さんが授業の後に書いてくれた授業の感想文に、私はとても胸が痛みました。「私の友人は、高校生の時に望まない妊娠をしてしまいました。ものすごく悩んだ結果、彼女は中絶を決意しました。その日、スプーンみたいな器具で胎児を取り出した時、胎児は逃げ回っていたそうです。この話を友達から聞いたとき、私は涙が止まりませんでした。彼女も泣きながら私に話をしてくれたのです。エコーの写真には、二つの命がはっきりと写っていたそうです。彼女は『小さな二つの命を自分で奪ってしまったことに重い責任を感じて生きていく』と私に話しました」。

十字架を背負って舞台で歌っておられた島倉さんを見て、私はこの話を思い出したのでした。皆さんもやがて、命をお腹に宿し、産み育てていくのでありましょう。女性として生まれてきて、やがて尊い命を宿すということについてぜひ考えてもらいたくて、私はこのお話をしました。

私の話になりますが、来年から幼稚園に行く私の3歳の孫は、お母さんが最後の1か月入退院を繰り返し、家族みんなが助け合ってハラハラしながら、ようやく生まれて来てくれた子です。生まれた時は、みんなが涙を流して喜びました。
佼成女子の母体である立正佼成会の仏教の教えでは、お釈迦様は「人の生を受るは難く、やがて死すべきものの、今、生命あるはありがたし」とおっしゃっています。人がこの世に生まれてきて成長するのは大変なことだ。成長してもやがて死んでいく。今、命があるということはありがたいことだ。そういう意味です。

世界ではたくさんの子供が生まれます。しかし、ようやく誕生してもお母さんの胸に抱かれながら1週間後に亡くなる命が150万人、1日に換算すると約4000人です。立派に成長できるということが、なんと尊くありがたいことか。
日本では、毎年約100万人の赤ちゃんが生まれます。その一方で、厚生省のデータによる中絶の数は30数万人。届け出の義務があるのは妊娠してから12週以降ですから、届け出をしていない数を入れると、推定では100万人の命が葬られていると言われています。
生まれてすぐに亡くなってしまう命、命としてお母さんのおなかに宿りながらもこの世に生まれない命、いかに命が粗末にされてしまっていることか。

今年の5月、私の母が息を引き取りました。愛知県の片田舎から、私を21歳の時東京へと送り出してくれました。私はもともと、飛行機を製作する会社のエンジニアでしたが、それをやめ、夢を抱いて東京に出てきたのです。母はエプロン姿で私を見送りに来て、こう言ってくれました。「辛いことがあっても耐えるんだよ。どんなに苦しいことがあっても、負けちゃいけないよ。東京でしっかり勉強して立派な人間になるんだよ。そしてお前に負けないように、お母さんも一生懸命生きるからね」。
10億人に10億人の母あれど、わが母に勝る母なし。母の言葉に支えられて、今まで生きてこられたような気がいたします。
人の命はいつの日か消えていくものです。人の命とは、なんなのでしょう。

毎年、私は高3の皆さんに、今日のような命についての授業を贈っています。皆さんは3か月後、この佼成学園女子高を旅立ちます。4月からは新しい大学等へ進むでしょう。そしてすてきなご縁をいただいて、赤ちゃんが生まれ、その子供がまた佼成学園へ来てくれるかもしれませんね。自分の命を大事にしてほしい。人の命も大事にしてほしい。やがて新しい命をこの世に誕生させてあげる大きな役割を担った皆さんは、宿った子の命も大事にしてもらいたい。
3年間もしくは6年間、こうして皆さんと一緒に過ごすことができたことを心から感謝して、私の最後の授業としたいと思います。

(佼成学園女子中学高等学校 広報室)