桜皆さんこんにちは。校長の山内日出夫です。
毎月1回、校長としての私の感想や考えを「山内校長の【和顔愛語】(わげんあいご)」として、当ホームページで発信しています。学校のこと、生徒たちのこと、世の中のことなどを織り交ぜながら、皆さんと何かを共有できればと思います。どうかよろしくお願いします。
第49回目の今回は、「小宇宙」と題してお伝えします。

私の好きな文章のひとつに、司馬遼太郎の『二十一世紀に生きる君たちへ』(文章中、原文のママ)があります。
1989 年に小学6年生の教科書のために書いたエッセイです。
このエッセイの紹介には、この様なものがあります。
「21世紀を迎えられないことを予期していたと見られる司馬が、それを前提に、やがて21世紀を担っていくであろう子供たちに向けての力強いメッセージと羨望の念が込められ、この文章は、まさしく司馬が残した遺書とも言うべきものであるといえる」、
さらに司馬良太郎記念館のHPには、「これは(『二十一世紀に生きる君たちへ』)記念館の基調になっている文章でもあります」と、記されています。
それだけ膨大な作品を残した作家のこれは「珠玉」とも言うべき文章なのでしょう。

司馬遼太郎は、若き世代へこう宛てています。
「人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。

私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして、“たのもしい君たち”になっていくのである。」と。

新緑春は、輝いています。
それは、きらびやかなものではなく、新緑の葉に光が射し込んで、跳ね返るような、柔らかな中に躍動感のある輝きです。
学校で言えば、入学式であり、一学期の始業式にある輝きです。
初めて会わす顔、初めて交わす声、初めて見る姿等々、お互いに光を射し込ませながら輝き始め、踏み出す一歩にある特別の季節感です。

この時、この場所には、『二十一世紀に生きる君たちへ』への文章がとてもふさわしく思われてなりません。
なぜなら、司馬遼太郎は、この文章で「訓練」することの必要性を説いているからです。
「たのもしい自己を確立する」、それは本能ではなく、「訓練」をして身に付けられていくものなのであるとしています。
学校の在り様を考えれば、それは、生徒たち自身の「未来」を「創る」ために在らねばならないとも言えます。
生徒たち自身の「将来、こう、ありたい」という「自分のありたい姿」を、そして「人の役に立つ」という価値観を「創る」「場」なのです。
そこでは、「受け身」ではなく、そのために私は「こうすべきだ」という能動的な姿勢が求められていきます。
「目標」あるいは「志」がエネルギーとなって、自らを「訓練」して、たのもしくしていくことになります。

司馬遼太郎は、こうも書いています。
「歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、
『それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。』と、答えることにしている。
私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。 」と。

この文章の言う歴史の姿を「大宇宙」としたら、学校は「小宇宙」でしょう。
同じように、現代に生きる「若き世代」が、励ましたり、慰めたりしているのです。
可能性を求めて!!

(佼成学園女子中学高等学校校長 山内日出夫)