中学理事長講話11月25日(水)、中学生全学年を対象とした酒井理事長の講話が行われました。目の前の勉強や部活や生活のことで日々精いっぱいな生徒たちに、これからどういう人になっていきたいのか、将来の夢をどう見つけていったらいいのか、そんな気付きを与えてくださるのが、理事長先生の授業です。

今日は校長先生から、高1ハンドボール部の金城ありささんが11月29日のフジテレビの「Vメシ!JAPAN」という番組に出演するというお話を聞きました。この番組に出るのは金城さんで2人目です。たくさんいるアスリートの中から選ばれて、佼成学園の看板を背負って出演してくれるのは、とてもうれしいことです。
もう一つ、校長先生からはとても素晴らしいニュースをもらいました。高2の先輩方は6月20日から7月7日まで、ロンドンに修学旅行に行き、内5泊はチェルトナムという都市でのホームステイでした。最後の晩に開催されたホストファミリーたちとのさよならパーティには、チェルトナムの市長さんもご出席されて、高2生たちに激励の言葉を送ってくださったそうです。さらに市長さんは、校長先生にこんなお手紙を送ってくださいました。
「先週、あなたの学校の生徒さん方のさよならパーティに私は参加をさせていただき、とても楽しいひと時を過ごすことができました。生徒さん方は、とても何事も熱心に、また礼儀正しくて、お行儀もよく研修に取り組んでいらっしゃいました。校長先生は、そんな生徒さんたちをさぞかし誇りに思われていることでありましょう。私たちは、さらに多くのあなたの学校の生徒さんたちをチェルトナムでこれからもお迎えできることを楽しみにお待ちいたしております」
それだけではありませんでした。市長さんは同様のお手紙を、舛添東京都知事、東京都の教育委員会にも送られていたのです。イギリスと言えば、マナーを重んじる紳士の国です。その国の市長さんに、高2の先輩たちは感心していただけるようなふるまいをしたのだなあと、私は感激したのでした。

今日はもう一つ、皆さんの先輩の話をいたします。今年、9月7日に、61回目の創立記念式典が行われました。そのとき、大聖堂の壇上で、皆さんの先輩の伊藤さんが後輩たちにメッセージを送ってくれたのを、皆さんも覚えておられると思います。
伊藤さんは高校時代、尊敬する同級生が、将来は“国境なき医師団”に入って一人でも多くの人の命を救いたいと考えていることを知りました。それを聞いたとき、同級生に対する尊敬の念で胸がいっぱいになり、それと同時に「私も誰かの苦しみを和らげていけるような仕事に就きたい」と思うようになったそうです。絵を見ることが好きで美術に関わる仕事をしたいと思っていた伊藤さんでしたが、しかし実際に美術を通して誰かに尽くすにはどうしたらいいのだろう。そう考えていた矢先、たまたま目に飛び込んできたのが「絵画修復」という仕事でした。絵画修復とは、絵を長く保存するために汚れやカビを取り、ひび割れや欠落を直す仕事で、まさに「絵のお医者さん」です。将来の夢は決まりましたが、そのための学校選びに悩み、両親の意見とも合わず、進路の話ではいつも喧嘩になっていたそうです。伊藤さんは、自分の意見と両親の意見の両方を取り入れられる道を模索するために、先生に相談し、本を調べ、修復家の方の講演会を聞きに行ったりしました。そして今思えば、両親が反対をしてくれたおかげで、慎重に進路を決定できたとおっしゃっていました。
「私は高校時代、将来の道を考えるなかで、憧れを持つことの大切さを教えてもらいました。ただ、平々凡々と何となく学校生活を送るのではなくて、ちゃんとした憧れ、ちゃんとした夢、そういうものをちゃんと持って学ぶことの大切さを私は教えられました」
そう言った伊藤さんは、現在、国立お茶の水女子大学で美術史を学んでいます。同級生の大きな夢がきっかけとなり、伊藤さんも自分の夢を見つけました。同級生の方は現在、国立長崎大学で看護学を学ばれているそうです。
素晴らしいですね。伊藤さんが揺らぐことなく、強い気持ちを持って進路を決定することができたのは、尊敬する友達の存在があったからだと思います。夢を持つこと。それも世の中や人のために役立ちたいと、こういう大きな夢を持つことが私は大切だと、伊藤さんは皆さんに熱く語ってくれたのでありました。

今年もノーベル賞が発表になり、日本人では大村智先生、梶田隆章先生のお2人が受賞されました。お2人とも、東京大学や京都大学といった大学の卒業生ではなく、大村先生は山梨大学、梶田先生は埼玉大学です。地方大学出身の先生が一生懸命で研究活動をし、ノーベル賞を受賞されたのです。
なかでも、生理学・医学賞を受賞された大村先生の新聞記事は、たいへん興味深いものがありました。大村先生は土壌の菌から抽出した化合物から、アフリカの風土病に効く新しい薬「イベルメクチン」を生み出され、たくさんのアフリカの方々を救ってくれました。受賞が決まったときの大村先生のコメントは、「私たちは、微生物のすごい能力を何とか引き出そうとしてきた。微生物がいいことをやってくれているのを頂こうというだけで、自分が偉い仕事をしたとは思っていない。ノーベル賞を受賞するとは思っていなかった。何か一つでも人のためになることができないか、いつも考えてきた。多くの人を救えたという自負心はある。」というものでした。
新聞記者が、「どうしてそういう気持ちを持ち続けるようになられたのですか?」と聞くと、大村先生はこう答えました。「私の母は小学校の先生をしていました。だから、いつも家にいてくれたのはおばあちゃんでした」。そのおばあちゃんに大村先生は「人のためになりなさい」ということを繰り返し聞かされていたそうです。先生は2004年にアフリカのガーナに行かれたそうですが、現地で日本は誰も知らないのに、イベルメクチンの名前はすぐに多くに人に通じて、先生がその開発者だと言うと、子供たちも大喜びしてくれたそうです。「小さいときから『人のためになることをしろ』とおばあちゃんから、ずっと言われて育てられてきたけれども、人の役に立てたんだなあと。私は苦労した、しがいがあったなと、とてもうれしかった」と、大村先生は話されたのでした。
大村先生も、先ほどの伊藤さんも、人のために役に立ちたいと一生懸命勉強した。これが、私は人の生き方だろうと思います。
これから、皆さんは、中学から高校に進みます。覚えていていただきたいのは、楽な道を選び続けると、決して良い人生にはなりません。楽な道を行くのではなくて、難儀な道を選んでほしい。失敗してもやってみようと思わなきゃいけない。成功できる人は、いっぱい失敗をしている。失敗を繰り返し、やりたいことをたくさんやってもらいたいと、私はそう思っています。皆さんには失敗を恐れないで、難儀なほう難儀なほうにチャレンジしていくような魂の強い女性となって、佼成女子から巣立っていってもらいたい。私はそんなことを思わせていただいたのであります。
「若いうちは、旅をしよう」という言葉があります。「苦労は買ってでもしろ」という言葉もあります。どうか皆さんもそれぞれの立場で夢を見つけ、そして夢に向かって一歩一歩難儀な道を選んで、努力するほうへ進んで頑張ってくれることを皆様へお願いをして、私は今日の私のお話に替えたいと思います。
静かに一生懸命聞いてくれたこと、心から感謝をいたしております。

(佼成学園女子中学高等学校 広報室)