茶葉皆さんこんにちは。校長の山内日出夫です。
毎月1回、校長としての私の感想や考えを「山内校長の【和顔愛語】(わげんあいご)」として、当ホームページで発信しています。学校のこと、生徒たちのこと、世の中のことなどを織り交ぜながら、皆さんと何かを共有できればと思います。どうかよろしくお願いします。

第71回目の今回は、「やかん」と題してお伝えします。

作家村上春樹は自らの学校生活を振り返り、「学校について」と題した短文を書いています。
一部分を紹介しますと、「知識」等々を得ることについて、この様な件(くだり)があります。

「即効性と非即効性の違いは、たとえて言うなら、小さなやかんと大きなやかんの違いです。小さなやかんはすぐにお湯が沸くので便利ですが、すぐに冷めてしまいます。
一方大きなやかんはお湯が沸くまでに時間がかかるけれど、いったん湧いたお湯はなかなか冷めません。
どちらがより優れているというのではなく、それぞれに用途と持ち味があるということです。上手に使い分けていくことが大事になります」。

氏は、比喩である小さなやかん(即効性)と大きなやかん(非即効性)が示しているものを、受験やテストのための勉強と時間が経っても消えずに心に残っているものとに区分けをしています。
因みに氏自身の大きなやかんは、本を読むことでした。

小さなやかんである大学受験勉強やテスト勉強等々、生徒たちの進路については、私立、公立問わずどの学校も一生懸命です。
ましてや世の中も各学校の大学進学実績についての関心は高く、これらに関する本が様々な企画を立て出版されたりしています。
また週刊誌や月刊誌は、どの学校がどの大学に何人合格させているか等の特集を組み、各大学の合否の発表時期になりますと、週刊誌等は何週かに亘って発売されています。
このような現象は、子を持つ親の気持ちからすると、わが子の将来を考えない親はいないのですから、このことに乗じてヒートアップするのはやむを得ないものがあります。
現に学校関係者、塾関係者等々の一員である私たちも、生徒たちの進学実績を確保することに必死な思いで日々の仕事に従事しています。

小さなやかんの湯は、「沸点を超え煮えたぎっている」といっても過言でない世の中なのです。

やかん反面、大きなやかんの中身は「どうなのだろう」という意識を働かす必要があります。
東京の私立学校は立地する地域ごとに、一から十二支部に分れ各支部に所属しています。
今年度、私は第八支部の支部長の役に就いています。
加盟所属校は32校で、理事会、支部会議を行いながら、連絡調整等々の意思決定を行っています。
一年も各校とお付き合いをしてみますと、明らかに各校とも独自に特色のある教育活動を行っていることに気づかされます。それは成り立ちの違い、いわゆる「建学の精神」に因るものなのです。
大きなやかんの特性が「時間が経っても消えずに心に残っているもの」なら、まさしく私学の教育そのものと言えます。
本校の建学の精神にある「心を鍛える」教育は、学校行事やグローバル教育そして部活動等々共に、何年経っても卒業生たちの心の内に育んだ「思いやりのある人間性」として生きつづけています。

小さなやかんと大きなやかんは、時に応じて併用されたり、クロスされながら、中身を微妙に調整しているのです。
そしてそのやかんにある中身は、ひときわ濃い味のする「個としての生き方」、鋳型には、はめない自分自身の「夢」そして「目標」となっていきます。

※参照 村上春樹著『職業としての小説家』「学校について」

(佼成学園女子中学高等学校校長 山内日出夫)