東北吹奏楽キャラバン3月26~28日、吹奏楽部は宮城県を訪れ、東日本大震災から7年経った被災地を巡りました。本記事はその最終回です。


7.東北大学 佐藤弘夫教授による特別講義
最終日、吹奏楽部一行は仙台伊達藩の青葉城跡から歩いて東北大学川内南キャンパスへ行き、文学部棟の708教室に入りました。ここで、東北大学大学院文学研究科・文学部教授で前文学部長の佐藤弘夫先生による特別講義を受けました。佼成女子の生徒が東北大学で授業を受けるのは初めてのことです。

7.	東北大学 佐藤弘夫教授による特別講義特別講義のテーマは「幽霊の発生」です。先生はまず、中学高校の学びと大学の学びの違いを部員たちに考えさせました。中高の学びの多くは〈到達点=答え〉が決まっているのに対して、大学での学びは正解がなく、答えより〈問い〉を見つけることが大事だと教えてくださいました。そして、「幽霊」を素材に、どのような問いを設定できるか、縦横無尽に解説してくださいました。例えば、中世までの墓には名前が刻まれていないのはなぜか、近世になって大量の怪談が生まれたのはなぜか、墓参りという習慣の起源とその背景には何があるのか、現代のゆるキャラブームの背景には何があるのか、など次々と繰り出される問いとそれに対する仮説に、知的好奇心が刺激されっぱなしでした。

春の消息東北地方は、震災や飢饉など様々な自然災害によって多くの死者を出してきた長い歴史があります。佐藤先生は、人々が死というものにどう対処してきたか、学問的な文脈に位置付ける研究を長年続けてこられました。昨年出版された柳美里さんとの共著『春の消息』をはじめ、数多くの著作があります。日本人の死生観や世界観を本質的に捉え直すことは、大震災を経験した現代日本に生きる私たちにとって、重要なことではないでしょうか。ぜひ皆さんもいろいろな本を手にとって、考えを巡らせてみてください。


8.震災遺構 荒浜小学校
荒浜小学校仙台市若林区にある仙台市立荒浜小学校は、海岸からわずか700mのところにありました。あの日、児童・教職員・住民ら320人が避難していた荒浜小に大津波が押し寄せました。校舎2階まで一気に波が到達しましたが、人々は校長先生や教頭先生の指示のもと3階と4階に上がっていたため、難を逃れることができました。しかし、周囲一帯が浸水し、海の中の孤島のようになった荒浜小。夕方からヘリによる救助活動が始まったものの、なかなか思い通りに進まず、児童の救助が終わったのが翌朝5時、大人達の避難が完了したのは18時頃だったそうです。

荒浜小学校荒浜小は昨年から震災遺構として公開されています。津波による被害を再び出さないため、津波の脅威や教訓を後世に伝えていくことを目的としています。私達もそのおかげで、実際に小学校の中に入り、その被害の様子を学ぶことができました。屋上からは周囲の様子が一望できます。今、学校周辺には人は住んでいません。災害危険区域に設定されたため、この地に学校や住宅街は再建されず、内陸のほうに移転したそうです。明治6年に創立されたという荒浜小。展示物や展示映像には、この土地で培われた地域文化やコミュニティの様子が映し出されていました。失ったものの大きさに、言葉を失います。

荒浜慈聖観音像海岸沿いには、津波の犠牲者を悼むために建立された荒浜慈聖観音像があります。高さ9m。津波とほぼ同じ高さだそうです。部員一同、黙祷して鎮魂の祈りを捧げた後、周囲一帯を清掃させて頂きました。

その後、名取市閖上のゆりあげ港朝市メイプル館で美味しい海鮮丼やカレーを食べて、帰路につきました。最後に、部員達がこの旅を振り返って記した文章の中から、一部をご紹介します。

高1・Perc
震災から7年も経っていれば、正直、被災された方々の「心の復興」も進んでいるだろう、と心の中で思っていました。しかし、語り部さんが話す間にも声が詰まってしまう姿を見て、そうではないと気づきました。私たちのほうに届く情報はウソではないかもしれないけれど全てではなく、まだ多くの、本当に知るべきことがあると思いました。それは実際にその場所に行かないと絶対に分からないことだと思います。こういった「勉強」の場でなくても、自分で真実を見つけにいくことが大切だと思いました。音楽にもつなげていきたいです。つながると思います。

中2・Sax
海の近くの荒浜や野蒜の、今の景色が印象的でした。お話や映像で震災前の状態を知りましたが、今の姿と比べると本当に大きく変わりすぎたため、印象に残りました。

高2・Tb
今回の旅では、人と宗教の関わりについて深く考えることになりました。被災地の心の復興という観点において、宗教との関わりは切っても切り離せないものです。今回や前回の旅から分かるように、きっと人々が山に助けられたことへの感謝を新たな鳥居に込めたり、観音像を復興のシンボルにしたりと、無宗教と言われる日本であっても非常時には神に祈る不思議さを感じました。私たちがテスト前に神頼みするように、現代日本と宗教の結びつきについて奥深さを感じました。

高1・Fl
東京に住む私は「もう7年」が経ったと早く感じていたけれど、被災された方は「やっと7年」が経ったと感じていて、その違いに、驚くというよりは確かにそうなのだろうと感じた。いくつか体験談を聞いたときに多くの方がおっしゃっていたことで、自分の判断で周囲の人の人生をも左右する、というのは、体験してみないと分からないことかと思ったけれど、実際には日々の生活にも通じることだと気づいた。

高2・Fl
今このように吹奏楽を続けていけることは当たり前のことではなく、もし東京に地震が来ていたら楽器や吹ける場所がなく、コンクールに出場したり、訪問演奏に行ったりすることもできていなかったと思う。実際に、去年の東北キャラバンで楽器を学校に取りに行き途中で車ごと津波に流されてしまった人の話を聞き、その時には楽器を毎日吹けることは当たり前ではないことに気づいた。しかし、コンクールが近づくにつれ、楽器を吹くことが当たり前という感覚に戻ってしまい、今回の東北キャラバンで再び気づくことになってしまった。今回、この旅で再確認することができた「当たり前ではない」ということを頭の片隅において過ごしていきたい。

高2・Tuba
第一に、当たり前だけど命の大切さが分かった。災害や病気や事故で命を落とすことは簡単で、健康に生きている生活と表裏一体だと感じた。だからこそ、時間や生き方が大切だし、命を守るためにできることをするのも大切だと思った。第二に、物事を深く知ろうとする姿勢は大事だと思った。何度も繰り返して「覚える」ことに必死になっていた生活を、もう1度「なぜそうなのか」「そもそもの起源は」と考えてみたら、目の前の世界が少し変わると思った。

以上です。今回の旅で部員たちが得たものは、きっと時間をかけて深みを増し、精神的な成熟につながるでしょう。さらに美しい音楽を奏でるバンドになることを、どうぞご期待ください。

東北吹奏楽キャラバン

(文責:吹奏楽部 秋田)

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