宍戸校長のBack to Basics Back to Basics

1学期終業式のことば

皆さんこんにちは。校長の宍戸崇哲(ししどたかのり)です。毎月1回、校長としての私の感じたことや考えを「宍戸校長の【Back to Basics】」と題して、本校HPで発信していきます。学校や生徒のことを中心に社会の出来事なども交えて、皆さんと何かを共有できればと思います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。今回は「1学期終業式のことば」と題してお届けいたします。

令和元年度1学期の終業式を迎えました。
中1、高1の新入生のみなさんは新しく、慣れない環境の中で、1学期間を過ごしました。楽しく充実した生活を送れていますか。
中学でESC(イングリッシュ・サマー・キャンプ)に参加した人は、英語力を身につけるだけでなく、何か他に感じたことはありますか。
高1のみなさん、楽しかったYA3日間のアウトリーチを通して何を得ましたか。高2のみなさんは修学旅行を通じて、英国、ヨーロッパの歴史、文化、人々を五感で感じて、何を学びましたか。高2の一部の生徒たちは、英国に残り、語学研修を行ない、今なお努力を続けています。高2SGクラスの生徒は2週間に渡るタイフィールドワークを終えて、どんな研究テーマを見つけたでしょうか。山岳民族カレン族と日本人の生活は大きく異なっていたと思いますが、どんなことを考えましたか。

全校の皆さん、今学期、授業や行事、合宿、部活動の中で、嬉しいこと、誇らしいこと、悲しいこと、辛いこと、様々なことがあったでしょう。みなさんそれぞれがほんとうによく努力しました。今、皆さんにそれぞれ問いかけましたが、その答えは皆さんそれぞれが生み出すことです。私たち教師は支えることはあっても、答えを出すことはできません。それぞれに合った、明確で確実な答えを出すのはあなた方一人ひとりです。その答えらしきものまでの道程を記録に残して、蓄積しておくのも新しい教育の形です。新しい教育の目指すものとは、このようなものだと思います。

さて、今日はある出来事をお話します。

ポーンポーンと子供達の心臓の拍動を知らせる音が鳴り続ける中、「大丈夫だよ、きっと良くなるからね」と小さな女の子を抱き上げて、お父さんが励ましつづけます。女の子は苦しそうな表情で、肩で息をしています。担当医と思われる若い女性の医師が、「午前中の点滴で効果があると思っていたのですが…熱も高いですね。薬を変えましょう。まずは下血を止めないといけません。効果がないようでしたら、緊急手術となりますので、お母さんも呼んでください。」と話しました。お父さんは短く、「わかりました。お願いします。」と言い、血で染まったオムツを取り替えはじめました。

世田谷にある国立成育医療センター病棟での様子です。この病院は小児医療では全国一と評され、多くの難病を抱える子供たちが日々病と闘っています。また、院内学級のシステムも充実しており、長期入院を余儀なくされる子供たちの学びにも貢献されています。

個人的なことで恐縮ですが、私の2人目の孫が、生まれて間もなく感染症に罹り、高熱が出たため、先月、2週間入院しました。孫の面会に訪れたときに、同じ病室で偶々目にした出来事でした。事態は深刻で、その緊張感が私にも伝わりました。私の心の中で、様々なことが心を巡りました。「この女の子は小さいけれども、人として、自らの命と向き合っている。」

帰りの車の中で、ひとつ思い出したことがありました。今から十数年前に話題になった『電池が切れるまで(角川文庫)』という書物です。私は当時勤務していた佼成学園男子校の子供たちに、この本の中の「命」という詩を読み聞かせました。多くの方はご存知だと思いますが、あらためて紹介いたします。


   宮越由貴奈 作(小四)

命はとても大切だ
人間が生きていくための電池みたいだ
でも電池はいつか切れる
命もいつかはなくなる
電池はすぐにとりかえられるけど
命はそう簡単にはとりかえられない
何年も何年も
月日がたってやっと
神様からあたえられるものだ
命がないと人間は生きられない
でも
「命なんかいらない。」
と言って
命をむだにする人もいる
まだたくさん命がつかえるのに
そんな人を見ると悲しくなる
命は休むことなく働いているのに
だから 私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう

出典元「電池が切れるまで 角川文庫」

作者の宮越由貴奈さんは、5歳のとき,神経芽細胞腫と診断され、長く闘病生活を送り、この詩を書いた4ヶ月後に、11歳で亡くなりました。
その後、この詩は多くのメディアに取り上げられ、テレビドラマになりました。また小中学校の道徳の教科書でも採用され、多くの人々は彼女の言葉から「命との向き合い方」を考えさせられました
由貴奈さんのお母さんは詩に寄せて、このように書いていらっしゃいます。

「由貴奈がなぜこの詩を書いたのか,本当の理由は分かりません。自分の死を覚悟していたのかもしれませんが,怖くて聞けませんでした。 この詩を書いた4か月後に亡くなりましたが,これに書いたとおり充分精一杯生きました。 書くことがそんなに得意でない娘のこの「命」という詩は11年という短いけれど凝縮した人生の 中で得た勉強の成果ではないかと思います。」

みなさんはどのように受け止めますか。
命はとても尊いもので、自らの命を大切にしなければならない。自分自身を大切にしなければならない。それと同じように、自分の周りにいる家族、他の人の命やその人自身を大切にしなければならない。そして、命あるもの全てがいずれ迎える「死」、そのときまでにどんな生き方をするのかがとても大切である。私はこんな風に考えます。

夏休みに入ります。それぞれの実践項目、しなければならないことをあらためて見定め、生徒も私たち教員もお互い実践を続けていきましょう。

学校長 宍戸 崇哲

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