宍戸校長のBack to Basics Back to Basics

「令和元年2学期終業式のことば」2019 12 25

 それぞれの目標に向かって努力して、その中で少しずつ成果があがっていると報告を受けています。日々の授業、大学入試、英検、研修、合宿、部活動、それぞれがその立場で学びを得ている。素晴らしいことです。留学クラス2年生も1年の留学を終え、全員がこの式に参加しています。

成果の根本にはその人のもつ人間力があると思います。本校では人間力を養成するため5つの実践を行っています。皆さん、実行していますか。思いやりの実践、そこから共感・協働につなげていく。口で言うのは簡単ですが、共感するにはどうしていけばよいのでしょうか。今日はこの点について、話したいと思います。

 

 さて、この写真、皆さん一度は見たことあると思います。多くのメディアで紹介され、教育現場では、教科を超えて、様々な教科書で掲載されています。「焼き場に立つ少年」です。撮影者はアメリカ従軍カメラマンのジョー・オダネル氏で、その方の「トランクの中の日本」という写真集の中で発表されたものです。1990年からアメリカで、その後日本でも次々と彼の写真展が開催され、大きな反響を呼びました。しかしながら、95年ワシントンのスミソニアン博物館での開催は、国内の反対派の圧力により叶わぬものとなりました。2017年、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が全世界の教会関係者にこの写真を印刷したカードを配布するように指示され、再び脚光を浴びることとなりました。カードには、「戦争がもたらすもの」というメッセージとともに、「亡くなった弟を背負い、火葬を待つ少年。少年の悲しみは、かみしめて血の滲んだ唇に表れている。」との説明が添えられています。

オダネル氏は写真とともに、その場の情景をこのように書いています。「死体が荷車に無造作に放り投げ上げられ、側面から腕や足がだらりとぶら下がっている光景に私は度々ぶつかった。焼き場に10歳くらいの少年がやってきた…少年は焼き場のふちまで進むとそこで立ち止まる。係員は背中の幼児を下ろし、足元の燃え盛る火の上に乗せた…炎は勢いよく燃え上がり、立ちつくす少年の顔を赤く染めた…少年は気を付けの姿勢で、じっと前を見続けた。一度も焼かれる弟に目を落とすことはしない。」

フランシスコ教皇は先月、日本を訪問され、長崎の爆心地公園でこの写真とともに、戦争の悲惨さ、世界平和への強い願いを全世界に発信されました。

 

 私は今年の夏、上智大学で永きにわたり理事長職を務められた高祖先生とお会いする機会がありました。先生は今年4月から聖心女子大学学長をされています。高祖先生は、お話する中でこの写真集を紹介され、力を込めて、「教育に携わる人たちは、このような写真を子供達に見せて、伝えていかなければならない」と私に仰いました。私は高校の英語READINGの教科書を通して、今までもこの写真について生徒たちと共有してきました。しかしながら、高祖先生の言葉で、あらためて皆さんにも紹介しなければならないと思いました。それが現在(いま)です。

今ここで、核兵器の恐ろしさや戦争の悲惨さ、世界平和を希求していくことなどについて、あえて言及するつもりはありません。なぜなら、人間として感情を持つものなら、自ずとこの写真から多くのことを学び、感じ取ることができるからです。

 

 私は別の観点から、この写真を見て、皆さんにやってほしいことがあります。それは本気で「想像する」ということです。この少年の姿や時代、情勢の背景から、自分がこの少年だったら、どんな感情になるかを想像してほしいということです。この写真の中に入ることができ、凄惨な現場を片隅から見ることができたら、皆さんはどんな思いになるか考えてみてください。その思いが悲しく辛いものなら、自分がその思いを解消するには何をすべきかを考えてほしいのです。相手の立場になってみると、自ずと何ができるか、どうすれば良いかを理解できます。

ある出来事を伝える書物や記録、写真や映像を、想像力を駆使して自分の中に受け入れて理解してみることは、他者理解につながり、物事を深く捉え、正確に判断するのに役立ちます。表面的に、間接的に理解して、すぐに結論を出してしまうと大きな過ちを犯してしまうことにつながります。

 皆さん、元農水次官が自分の息子に手をかけた事件が現在報道されています。当然のことですが、人を殺めることは人間として絶対に許されないことです。しかし、その裏側には両親や家族の想像を絶する闘いがあったようです。私も同じ親としてあの父親の立場を想像すると、身につまされる思いになります。

ある一方の言動や行動だけで物事を捉えると偏った判断になってしまいます。事柄には必ず表裏が存在します。起きた現象を表面的な理解で最終判断するのは大変危険です。判断事をするには冷静沈着な態度で臨むことは大切ですが、それは両者の言動や行動、その場の状況などをよく理解した上でのことです。

本気で「想像すること」、その人の立場になりきることは、他者の人生の一部を経験することなり、真の共感につながります。共感とはこのような流れでなされるものと、私は考えます。共感から協働へ進んでいき、地球に住む一人として、大きな課題解決に立ち向かえるのではないかと思います。

家族、友達、先生の気持ちを想像する。まずはそこから始めることです。そして、毎日入ってくる報道をもとに、他者の気持ちを心から想像してみる。そうすることで、自分以外の人を思いやる気持ちが育まれると思うのです。

 

皆さん、この写真の少年とその弟は、今から74年前のここ日本の長崎で確かに存在した人たちです。

今年も様々なことがありました。自らを深く振り返り、新しい年には今よりほんのわずかでも前へ進み、成長した自分になれるよう互いに努力を重ねましょう。

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