宍戸校長のBack to Basics Back to Basics

創造力を養うアート感覚〜始業式

皆さんこんにちは。学校長の宍戸崇哲(ししどたかのり)です。毎月1回、校長としての私の感じたことや考えを「宍戸校長の【Back to Basics】」と題して、本校HPで発信していきます。学校や生徒のことを中心に社会の出来事なども交えて、皆さんと何かを共有できればと思います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。今回は「創造力を養うアート感覚〜始業式」と題してお届けいたします。

先日、うちの犬と川沿いの遊歩道を歩いていると、小学生くらいの男の子2人がしゃがんで、何かを見てぶつぶつと話しています。私だけでなく犬2匹が後ろから近づいても気がつかないほど夢中です。覗いてみました。透明な昆虫採集用容器の中、朝日に照らされ金属のように輝く美しいトカゲでした。「きれいな色だね」と話しかけると、ひとりの子が、「尻尾が青だよ。体はすべすべしているよ。」とニホントカゲの特徴を話してくれました。その後も2人でじっくりとトカゲを観察していました。私は自分の子供の頃のことを思い出して、懐かしく楽しい気持ちになりました。

数日して、注文しておいた本が届いたので、ページをめくると、「次の絵を鑑賞してください」と書いてあり、モネの「睡蓮」が印刷されていました。絵の下には鑑賞用の解説文が数行にわたり書いてありました。私は絵が好きで、この作品はロンドンのナショナルギャラリーで何度も見ていましたので、絵に一瞬目をやり、解説を読んで、次のページに進みました。そこには「ほとんど解説文に目を向けていた人がかなり多いはずです」とあり、私の行動を言い当てられました。著者はご自身の経験を次のように書いておられました。「鑑賞のためというよりも、作品情報と実物と照らし合わせる確認作業のために美術館に行っていたようなもの。自分なりのものの見方・考え方などとは程遠いところで、物事の表面だけを見てわかった気になり、大事なことを素通りしてしまっている。(中略)ビジネスだろうと学問だろうと人生だろうと、こうして自分のものの見方を持てる人こそが結果を出したり幸せを手にしたりしているのではないでしょうか。じっと動かない1枚の絵画を前にしてすら自分なりの答えを作れない人が、激動する複雑な現実世界の中で、果たして何かを生み出したりできるでしょうか」とあります。ダイヤモンド社 末永幸歩(すえながゆきほ)さん(美術教師でアーティスト)の「13歳からのアート思考」という本の一部です。私はこの考え方に強く共感しました。

私が遊歩道で出会った小学生は、自分の目でトカゲの生態を観察、鑑賞して、自らが考えることをしていました。

図鑑やネットで検索して解説を読んで知識を得ることは大切ですが、まずは自分の感性でものを見て、判断することがいかに大切か。生物の観察だけでなく、絵画を鑑賞することも「考える力」「ものを生み出す力」を養うものなのだと改めて感じました。現在の混沌とした社会情勢、正解のない問いに立ち向かわなければならない時代を生きる私たちには、全ての物事に解説が存在するわけではありません。未知のものが数多く存在します。コロナが良い例です。地球規模の異常気象もそうでしょう。徐々にわかることもあるが、その対処も試行錯誤の連続。何かに取り組んでも効果があるのか分からない。私たちは自然界のもの、優れた芸術作品、音楽などを素のまま感じて、センスや感性を磨き、自らが考えて、ものを生み出す力へとつなげていくしかないのだと思います。

難しいことではありません。まずは身の回りのことでクリエィティブなことを考えてみましょう。現在このような社会情勢で、学校行事も実施するとなれば創意工夫が必要となります。安全性を確保し、かつ限られた条件の中で、いかに楽しく有意義な乙女祭(本校文化祭)をつくるか、それぞれクラスや団体で考えてみてください。研修や部活動も全く同じです。「こんなに禁止事項があったら楽しくない、考える気にならない、面倒くさいからどうでもいいや。」という人がいるかもしれません。残念ながら今は世界全体で抱えている大きな問題があるから、全てのことに制限や影響があります。「面倒だからどうでもいいや」では、大人も子供も、世界中の人々が生きて行かれないのです。自らの目で、起きている事柄を観察して、自分の頭で考えて、新しい方法やものを生み出していきましょう。まずは自分の身の回りのことからで良いのです。そこから社会全体の取り組みへとつながります。

2学期も全校で力を合わせて、それぞれの目標に向けて努力していきましょう。

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