7月4日(水)~18日(水)の15日間、SGC(スーパー・グローバル・クラス)3期生(高校2年生)の10名は、東南アジアのタイ(チェンマイ県・チェンライ県・バンコク市・カンチャナブリ県)を訪問し、本校で3回目となるフィールドワーク(現地調査)のプログラムを実施しました。
訪問場所、生徒たちの様子を2回に分けて報告いたします。
7月4日(水)
羽田からバンコクを経由して、トランジットで最初の訪問地である北タイのチェンマイ空港に降り立ったのは、羽田を経ってから9時間後。日本よりも2時間遅れの時差のある現地もすでに辺りは夕闇の中でした。空港で、タイでの前半1週間をお世話になる恵泉女学園大学の押山先生の出迎えを受け、チェンマイ大学の学生寮「ユニサーブ」に無事到着。遅い夕食をとり、第一日を終えました。長い移動の旅の疲れも見せず、10名の生徒は初めてのタイに少々興奮気味でした。
7月5日(木)
タイ研修の初日。午前中はチェンマイ大学の語学センターで2グループに分かれてみっちりタイ語のレッスン。2つのグループとも、とても明るくユニークな先生のもと、タイ語の基本を学びました。
午後からいよいよフィールドワークのスタートです。最初の訪問施設は「ニューライフセンター」。ここでは人身売買などの被害にあった女の子を保護し、学校へ通わせたり社会復帰の支援をしたりするNGO組織です。生徒達は皆熱心に館長さんの説明に耳を傾け、全員が次々と質問し、しっかりとメモを取り、学ぶ姿勢旺盛です。
次の訪問施設は「Mプラス財団」といういわゆる性的マイノリティーの人たちを支援するNPO組織です。今回のフィールドワークで「LGBT」を研究テーマとする生徒がいるため、この施設を押山先生が事前に探してくれました。タイではこれらの人々に対する意識が日本より進んでいることを理解しました。ここでも生徒達は積極的に質問し、LGBTが決してマイノリティーではなく、普通の存在として意識を持つことの大切さを学びました。
7月6日(金)
研修2日目は、チェンマイ市内にある有名女子校レジナシェリーカレッジを訪問しました。この学校は本校のタイフィールドワークで大変お世話になっている学校で、毎年訪問させてもらっています。今年は、昨年以上に、全校をあげての歓迎ぶり。特に学校の学園長にあたるシスター先生より歓迎のお言葉をいただき、大ホールにて全校生徒を前に本校生徒達もタイ語で一人一人挨拶・自己紹介しました。場所を移動して日本語を選択しているレジナの生徒による歓迎交流会ではタイの踊りや日本語の歌を披露してくれました。
昼食は、両校生徒で和気藹々とカレー作り。時間とともに生徒同士が共同作業を通して、親密になって行きました。デザートのマンゴーの剥き方を教わりながら、楽しい昼食のひと時を過ごしました。
午後のインタビュー活動では、事前に用意したアンケートやインタビューをもとに、グループごとで分かれてレジナの生徒達に質問しました。各グループ笑い声を交えながら交流し、生徒のコミュニケーション能力の高さに感心しました。
その後、3つのグループに分かれて、学校見学。その間も生徒同士で交流を深め、ホストファミリーの迎えに来る頃は、すっかり打ち解けて、各自のホスト宅へ散っていきました。
7月7日(土)
わずか1泊のホームステイだったけれども、それぞれホストファミリーにいろいろなところへ連れて行ってもらい大変よくしてもらったようで、朝集合した時には、皆ホストとの別れを惜しみながら次の訪問地へと移動しました。
この日訪れたのはチェンマイ市の郊外にある山岳民族の少女たちを支援する教育施設「FEDRA」というNPO施設。土曜日なので学校がお休みで、寮にいた同じ年代の女の子同士で、タイや日本について様々な質問を行いました。その後、タイの民族衣装に着替えて、タイ舞踊を習い、一緒に音楽に合わせて踊りました。
午後は、ストリートチルドレンの保護・支援を行っているNGO組織「アーサーパタナディック財団」を訪問し、タイで実際にあるストリートチルドレンの実態と現状の問題を館長さんよりお聞きしました。その後その施設にいる小さな子供たちと一緒に遊びながら、過ごしました。
夜は、タイで一番大規模な「夜市」といわれるサタデーナイトバザールを散策し、異国情緒あふれる夜を過ごしました。
7月8日(日)
この日は、チェンライ県を離れ、生徒達がタイで最も楽しみにしていた山岳民族カレン族の村(ヒンラートナイ村)に移動です。北タイの山々を縫うように走るハイウェイを車で3時間ほど走り、さらに細いわき道から谷間をどんどん進むと、外界を遮断して緑の山とうっそうとした森に囲まれた小さな村、そこがカレン族の村でした。
生徒達は2人ペアになり、それぞれの村人たちの家に2泊3日のホームステイです。言葉はもちろん通じません(彼らは日常タイ語ではなくカレン語を使っています)。日暮れとともに真っ暗になるため、夕食も明かりのあるうちにとり、夜は寝るしかありません。電気がない村の生活、ネット・ケータイのない生活、都会の日本に住む生徒たちにとっては初めての経験です。トイレも家にはなく歩いて用を足しに行く(しかも紙は詰まるため便器に流せない)、お風呂ももちろん家にはありません。あるのはトイレに隣接した簡単なシャワー室(?)があるだけ、しかも冷たい水しか出ません。夜は真っ暗になるため、シャワーも昼間に浴びるしかありません。朝は日が昇る前からあちこちで鳴く鶏の「コケコッコー」で目が覚めます。そんな生活をむしろ生徒たちは楽しんでいました。そして、便利な都会の生活よりも不便なこの村の生活の方に「幸せ」や「心の充足感」を感じるのはなぜ? という気持ちになっていくから不思議です。
7月9日(月)
この日は、朝から各家でお弁当を作ってもらって、山奥の田んぼや焼き畑で農作業です。途中森の中の道なき道を進み、小川に入り足を泥だらけにして歩き、やっと到着した畑は急斜面。循環型の焼畑農業を行っているカレン族の畑で雑草取りの作業(といってもどれが雑草なのか気をつけないと作物まで抜いてしまう)のお手伝い(?)。
田んぼの中の休憩所で村人たちが作ってくれたお昼を食べ、そこにあったハチの巣から直接取ったハチミツを舐め、その場にあったバナナをとって食べ、自然を満喫した一日になりました。
村に戻って、水浴びをした後、村でとれたはちみつとコーヒー豆(9月の文化祭の時に学校で販売する予定)の瓶詰・袋詰め作業を村人たち一緒に行いました。
7月10日(火)
ヒンラートナイ村を去る日。村の宗教指導者から生徒全員の旅の安全を祈願してもらい(手首に綿糸で腕輪を結んでもらう儀式)、楽しかったカレン族の村をあとにしました。
本日の宿泊地はさらに北に進んだチェンライ市。途中パンラオ村で昼食。東北タイから出稼ぎに来ているラオ族出身の家族が経営する食堂で郷土料理(ソムタム)をいただきながらタイで最も貧しい地方といわれる東北タイの出稼ぎの実態を聞きました。生徒達は相変わらず熱心に質問し、食事をとる傍ら、メモを取ったりケータイのメモに入力したり、少しでも何かを得ようとする前向きな姿勢には感心するばかりです。
チェンライ市(ちょうど洞窟に閉じ込められた少年たちが救出された日と重なり街全体が騒然としていました)に入り、山岳民族博物館ではVTR上映中にもかかわらず、その明かりを頼りに真剣にメモを取る姿が印象的でした。
7月11日(水)
朝から雨模様。救出された少年たちが閉じ込められた洞窟の現場のすぐそばの国道を通り、メーサイ国境の出入国管理事務所を通過し、ミャンマーへ入国。ミャンマーのバザールを1時間ほど見学し、再びタイに戻りました。
午後から急速に天気は回復し、ゴールデントライアングル(タイ・ラオス・ミャンマー3国の国境が川を挟んで接する場所)では真夏の日差しの下、メコン川の川岸まで下り散策しました。この日は、見学が中心の一日でした。
7月12日(木)
北タイを離れバンコクへ移動する日。チェンライ空港でお世話になった押山先生とカレン族の村人たちとの別れを惜しみ、空路バンコクへ。バンコク1日目は、立正佼成会バンコク教会(南アジア国際伝道センター)の宿泊施設でお世話になりました。施設長(教会長)さんから「南アジア国際伝道センター」の活動内容やタイの人々の様子や仏教について講義を受けました。夕食はバンコク教会のスタッフの方々が手作りで用意してくれた日本食を美味しくいただき、久々の日本食に生徒たちは大感激でした。
タイフィールドワーク前半の報告は以上です。
後日、後半の報告もさせていただきますので、ご期待ください。
(文責:国際部 片桐)